朝の帰り道

その少年は、名を「朝」といった。
朝がくると玄関先に現れ、「行くよ。」と、私に声を掛けて
ニッと笑った。

私と朝は、いつも早めに家を出て、湖や野山を通る遠回りのコースを
じゃれ合ったり転げ回ったりしながら学校に向かった。
それは、私と朝だけの秘密のコースだった。

学校では同じクラスではなかったし、放課後一緒に帰ったこともない。
今日こそは、あの秘密のコースを朝と一緒に帰ろうと、
放課後、朝のクラスにすっ飛んで行って中を覗いてみても、
朝が教室にいたことはなかった。

あれからどのくらいの年月が経っただろう。
今、私はとあるライブハウスで、思い掛けなく朝の姿を目に留めて
動揺を隠せないまま、呆然とステージを見つめている。

4月の優しい朝の日射しに代わって、どぎついステージライトが
朝の後をくまなく追い掛けていた。
ソプラノだった声は、今は落ち着いたアルトに変わっていて、
背伸びしてぎこちなかった男らしさが、今はしっかり板に付いている。

深夜にスタートしたそのライブは、朝方まで続けられ、
散々迷った挙げ句、私は朝に声を掛けるのをやめて、外に出た。

すると、そこに朝の姿があり、何ごともなかったように、
「送っていくよ。」と、私に声を掛けてニッと笑うのだった。
「一緒に帰るのは、朝帰りするときって決めてたんだ。」
と、似合わないことを言う朝のしぐさは、昇り始めた朝日を浴びて、
少しぎこちなく見えた。