堤防


(洪水のように押し寄せてくれば、流されてもいいかもしれない)
彼女は、窓の外を眺めながら、そう思った。

ゼロメートル地帯を流れる川は水嵩を増し、轟々と音を立てて流れて
いた。近隣の人々は、総出で土手に砂嚢を積み上げている。

(無駄な抵抗はやめて、流されてしまえばいいのに)
彼女はのんびりと考えを巡らせる。

そうすれば、(水底に飲み込まれて、二度と太陽の光をみることなく
力尽きてしまうのかもしれない)あるいは、(常夏の美しい島に流れ
着いて、幸せな余生を送れるのかもしれない)と。

彼女は、冷たい水底に沈んでいく苦しさを思い、常夏の島での楽しい
余生を思い、結局、一歩も外に出ないで、その日を過ごした。

されど、川は、彼女の思いに関係なく、どうしようもなく増えてしまった
水を少しずつ海へ海へと排出していき、溢れることなく、6月は、無事
過ぎていった。