雨のため不通


「ねぇ、雨の音で何も聞こえない。」
彼女が、電話の向こうで声を張り上げた。
彼女の携帯は性能がいいのか、ソウルの空港にいる僕の耳にも、
その雨音が届いていた。

僕は、ふと思い立って彼女に別れを告げる電話をかけ、
その足でパリに向かうつもりだった。
「なぁ、俺たち、もう会うのやめないか?」
彼女が声を張り上げたとき、僕はその言葉を既に四回繰り返していた。

「ちょっと待ってて、今どこか中に入るから。」
僕は、声が届かないことをいいことに、何も言わずに彼女の声と雨音に
耳を傾けた。ガサガサとノイズが入り、彼女が傘を片手に小走りに
なっているのが分かる。

チリーンと音がして、急にラインがクリアになり、
「お待たせ。いったいどこで何してるの?」と、いつもの口調で彼女の
声がした。僕は急におかしくなって、さっきの言葉を繰り返す代わりに、
「明日、日本に帰るから。」と一言だけ言って電話を切った。