傘の距離


彼女はいつも黙って僕の後をついてきた。
僕が道ばたの石ころや、虫などに興味を示して立ち止まると、彼女も
立ち止まり、僕以上に興味を示してそれらを細かく観察するのだった。

6月に入り、毎日が当たり前のように雨だった。
雨が降っても、風が吹いても、僕は変わりなく毎日、彼女の家の前を
通って、「いくよ。」と彼女に声をかけたのだけれど。

とにかく毎日が雨で、僕は次第に苛立ちを覚え始めていた。
それが雨に対してなのか、何なのか、僕には分からなかったけれど、
ある霧のように雨が落ちる日の朝、ふと思い立って、僕は傘の代わり
に、黄色いカッパを着て出かけることにした。

生温い空気がカッパを着た僕の身体をふつふつと蒸すので、僕はフード
をかぶらず、ひんやりとした霧雨に頭を濡らしながら、彼女の家まで
歩いていった。すると、彼女も傘を持たずに、赤いカッパを着て門の前
に立っていた。

「おはよう、朝。今日はいいお天気ね。」
僕がいつものように「いくよ。」と声をかける前に、彼女はそう僕に
言ってニッと笑った。

雲がこんもりと塗りたくられた空は、しばらく晴れた顔を覗かせそうに
なかったけれど、「うん、いい天気だね。」と僕は答えて、かぶって
いなかったフードを目深にかぶった。