上り坂


その道は、気付かぬうちに少しずつ上り坂になっていた。

「山登りなんて行かないからね。」
私が、そう宣言すると、彼は「山登りじゃないよ。ちょっとした散歩
だよ。」と、言って私を連れ出したのだった。

梅雨のわずかな晴れ間。
太陽は、木々の緑や花々をきらきらと照らしていた。

私は、鬱蒼と茂る木々の葉の間から漏れてくる光や、ところどころ
しっとりと濡れた苔の緑や、ときどき振り返って私をからかったり
しながら前を行く彼の背中を見遣りながら、静かに癒された気持ち
になり、ゆっくりとついて行った。

「ちょっと休むか。」と、立ち止まって彼が言い、我に返って周囲を
見回すと、私たちは、ずいぶんと高いところまで登ってきていた。

「また、騙されたよ。」と私が言うと、彼は大袈裟に肩をすくめてみせ
て、「休んだらもう少し登るぞ。お前もうちょっと速く歩けよな。」
と言うのだった。

私は、返事の代わりに持っていたカメラで彼の写真を一枚撮った。